李世ドル(イ・セドル)九段、コンピューターに完敗




気が付けば、2か月半以上、ブログを放置してしまった。

この間、私的には色々あり、悲喜こもごもの日々を送りつつ、現在は
花粉症と坐骨神経痛に耐えながら、どうにかこうにか生きて居る、と
いう体たらく。

そんなこんなで、創作の更新を優先したため、ブログの方がお留守に
なってしまったが、書きたいことは多々あった。東日本大震災から5年
が経過したこと。電力自由化が始まったこと(我が家は東京ガスに切
り替えた)。中東問題。アメリカ大統領選挙、などなど。

ここ数日は、韓国の李世ドル(イ・セドル)九段とアルファ碁の対局に
注目していたが、結果はアルファ碁の4勝1敗となり、李九段の敗戦
の弁に衝撃を受けた。16日付中央日報によると・・・

・「第5局に負けて恥ずかしい。囲碁で飯を食っている、囲碁が仕事で
ある人間が、人間的感情を徹底的に排除して碁を打たなければなら
なかったのに、それができなかった」
・「ほかの人々は私を人間的だというが、それは冷静な勝負の世界で
は話にならない声であり、人間的であることがかえって弱点」
・「私が私を超えなければいけないのにそれができなかった。だが、そ
れは私の限界であって人間の限界だとは思わない」
・「閉会式に行きたくなかった」
・「第3局までは情報も足りずまともに戦える状況ではなかった。第4局
で勝ち、ただひたすら真剣勝負がしたくて第5局のために一番多く準備
したのに残念だ」
・ 「人々が私を人間的英雄として接してくれるのは感謝しているがプロ
としては非常に恥ずかしい。相手が機械だという点を意識して感情的
に揺らいだ部分があり、必ず勝ちたいという思いに欲が出た」

囲碁は「手談」とも呼ばれ、相手と「手合せ」することで心が通い合い、
良くも悪しくも「一局となる」。そうした、語らずとも分かり合える、「不言
の言」の世界を失い、李九段がいかに混乱を極めたか。

この敗戦が、「勝つための碁」に特化する傾向にある中韓の碁に、これ
からどのように影響するのか、興味は尽きない。

それから・・・現在7冠達成に向け、十段戦に臨んでいる井山裕太棋聖
が、先月離婚されたとのこと。

ただ単に、「勝てば良い」というものでもない。そんな事を考えさせられた。

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